ファッションの定義

 ファッションとは:衣服や髪型などの流行、はやりのことを言う。
 得てして一定のものではなく、刻々と激しく変化する一種の文化ともいえるものである。

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「ヤダーッ」

 じゃらじゃらと派手な飾りを身に着けた16,7才の少女が友人を突ついて叫んだ。
「見てよ、あの人。すっごく毛深くない?」
「うそ、マジ?あんなに濃い人ってホントにいるんだー。私、初めて見た。なんか信じらんない。でもさ、せめて毎日剃ったりすればいいのにねー」
 彼女たちの会話を聞きつけたか、数人が振り返ってその男を見る。
 話題の人物は、まだ若そうな男であった。鼻梁のすっきりした整った顔立ち。今人気の俳優に似ていなくもない。だが、帽子を目深に被り、表情は全く読むことができない。
 男は周囲の視線を引き付けてしまったことに気付くと、慌てたように更に帽子を引き下ろした。首まで完全に隠れてしまいそうである。
 そして、注目を断ち切るためか、足早に駆け出す。
 丸めた背中は、何故か孤独が漂っていた……。

 去って行く男にしばらくの間、好奇の視線は集中していた。だがやがて、通りは元の日常に戻る。騒ぎ立てた少女たちも、さっきの男のことは忘れてしまったかのように、今度は互いのファッションについての話題で盛りあがり始めた。

「あ、ミッコ。そういえばそのピアス、どこで買ったの?めちゃカワイー」
「ほらほら、駅の角のお店。知らない?帰り、寄ろっか?」
「うん。寄ろう寄ろう。それとー、あたし、タトゥーしようかと思うんだ」
「えーっ、かっこいー!どこに?どこに?」
「もち、頭よ。今、ここにペインティングとかさ、ハヤリだもんねぇ」
 ミッコと呼ばれた少女は手入れの行き届いた己の頭部をツルリと撫でる。
 通りに少女たちの明るい笑い声が弾けた。
 ―――西暦2154年。
 地球上に育毛剤・発毛剤の姿が消えてもう随分になろうとしていた。
 何故なら―――今や人類の8割強(子供から大人まで)が、頭髪を始めとする種々の体毛をほぼ失ってしまったからである。
 そう、もはやハゲこそが時代の主流なのだ……。


1999.summer