怪談

 ピピッ、ピピッ、ピピッ・・・。
 AM7:30になると同時に目覚まし時計の音が響き渡った。陽子は眠い目をこすりつつ起き上がり、時計を止める。しばらくぼーっとしていたが、カレンダーを見てつぶやいた。「・・・・・・今日は21日か。清香んちで怪談するんだっけ」
 何故か同じことをもう何度も繰り返しているような、そんな擬似感を感じつつ陽子は着替えた。ついでに最後の一枚の食パンを取り出し、焼く。
 バタバタとしているうちに、いつの間にか、さっきの妙な感覚を陽子は忘れていった・・・・・・。

「ろうそくを灯してさ、怪談が一つ終わるたびに消していくの。それで最後の一つが消えた時、"ユーレイ"が出るってわけ」

「えー、そんなのするのー?」
 女の子らしく、ぬいぐるみなどをたくさん飾っている清香の部屋に女の子ばかり五人が集まっていた。司会者っぽく話しを進めているのは、今回の怪談大会提案者の清香である。まだ始まってもいないうちから青くなっているのは由香だ。ちなみに陽子は清香のベッドの端に腰掛けており、残る二人、翔子・由美子は目下お菓子を食べるのに夢中であった。
「ねーねー、陽子、ユーレイ見たいよね?」
 当然イエスだろうという顔で清香が陽子に尋ねた。
「ん・・・・・・」
「ユーレイ出てくるとは限らないけどさ、おもしろそうじゃん。ね?翔子も由美子もさあ、やろうよぉ」
「あたしは別にどうでもいいけど」
 由美子がうるさそうに答える。翔子は由美子に同意するという意味を込めて頷いた。
「じゃ、賛成ってことね」
 やったとでもいうように笑みを浮かべる清香。反対しても無駄であることは最初っからわかっていたのだが、本気で怖がっているらしい由香を思って陽子は小さくため息をつく。
 さっそくろうそくが用意された。
 五人はテーブルを囲んで座り込む。
「ろうそく五本だけでいいの?これって百個も怪談するんじゃなかった?そんで、ろうそくも百本灯してさ」
 由美子がろうそくに火を灯しながら清香に聞く。
「えー、うそぉ?人数分でいいんじゃなかった?」
「そうなの?」
「・・・あのねー、百個も怪談できるわけないんだから、五本でいいじゃない」
 あきれたように翔子が言った。
「そりゃそうだけどさ」
「ともかくさっさとしよう。やってみなきゃ、わからないよ」
「はいはい。それじゃ、一番はあたしね」
 こうして怪談が始まった。
 一番は清香で猫の呪いの話である。よくありそうな怪談で、要するに飼い主と共に殺された猫が化けて出てきて、殺した奴を殺すというものだった。
 きゃあきゃあとわめいていたのは由香一人。
 それでも清香は満足したようである。
 次に呪いの藁人形の話を由美子がする。手振り身振りも交えて、なかなか迫力のあるものだった。
 そして翔子。

 これは実際に翔子の叔父が体験したものだそうで、夜道を歩いていたら後ろから足音がヒタヒタと聞こえてくる、しかし後ろを振り返ると誰もいない。気味が悪くて走り出したら、角から突然トラックが出てきて危うく死ぬところだった、というものだ。
 四番手は由香である。
 今までの話のショックでまともにしゃべれる状態ではなかったが、清香の方が怖かったらしい。とぎれとぎれに話し始めた。
 有名な番町皿屋敷の話だ。
 こうしてとうとう四本のろうそくが消され、残り一本となった。
 清香がウキウキとした声で言う。
「残り一本!さ、陽子の番よ、あんまりおもしろいのが少なかったから、うーんと怖いのしてね。あー、早く幽霊が見たい」
 両手を合わせて祈る姿に、陽子は思わず苦笑する。清香は本当に楽しみにしているらしい。
 そんなに怖くないと思うよ、と注釈とつけてから話を始めた。
 時は江戸時代。とある城でのことである。
 年を取った正妻は夫の若い妾がにくくてたまらない。色々な方法でその妾を殺そうと試みる。しかしことごとく失敗し、とうとう業を煮やした正妻は、自分の手で妾を絞め殺そうとしてしまう。間一髪、夫が駆けつけるのだが、今までに何度もその妾を殺そうとしたことを知っていたため、夫は正妻を手打ちにしてしまうだった。
 何とか助かった妾。
 が、憎しみがよほど深かったのか、その首から正妻の腕が離れない。
 仕方なく正妻の腕を途中から切り取ることになった。
 やがてその腕が腐り始め、続いて妾の体もだんだんと・・・・・・。
「うえー、気持ちわるー」
 陽子の話が終わるなり清香がつぶやいた。
 あまり動じる方ではない翔子も顔をしかめている。腐りかけていく様を想像したのだろうか。
 がしかし、さすがともいうべき早さで頭を切り替え、清香が叫んだ。
「さあ、それでは最後の一本を消しまーす!」
 一瞬の後に暗闇。
 一秒・・・二秒・・・五秒・・・・・・。
 時間が経つが、何も起こらない。
「あれ?何も起こんない・・・・・・」
「やっぱ五つしかしてないんじゃ、ダメなんだよ」
 しびれを切らし、それぞれが小声でしゃべり始める。
 もうしばらくじっとしていたが何も起こらないので、あきらめたらしく、清香が明かりを点けた。
「ダメだったね」
「うん・・・・・・」
 全員、いささか拍子抜けした感じだ。
 怖いが何となく期待していたのである。
 そんな空気を振り払うように突然由美子が言った。
「そーだ。ね、みんな知ってる?時を戻す方法を」
「なにそれ」
「だから"時を戻す"のよ。タイム・ワープとかじゃなくて、その人の時間を戻すの。ビデオで巻き戻しするみたいなものって言うとわかる?」
「んー、なんとなく」
「わ、面白そう!方法は?」
 途端に場がにぎやかになった。
 由美子は得意顔で答える。
「話に聞いただけで一回もやったことはないけど、簡単よ。私がするから、みんなはただ輪になって目を閉じていてくれたらいいわ」
 四人は顔を見合わせた。清香は当然ながらすっかり乗り気だ。怖がりの由香も興味を持ったらしい。陽子も同様である。
 しかし翔子が眉間に皺を寄せ、用心深く質問をした。
「でもさ、大丈夫なの?何かに取り付かれたりとか・・・・・」
 由美子はどんと胸を叩いて太鼓判を押した。
「幽霊呼び出すわけじゃないんだから、大丈夫!・・・・・・どう?やるの、やらないの?」
 四人はもう一度見合わせた。答えは待つまでもない。"やる"だ。百物語には挑戦しているのに、これを逃すはずはない。
「決まりね。じゃ、輪になって目と閉じてくれる?時間は今朝にしておくわ。いくわよ・・・・・・

 ピピッ、ピピッ、ピピッ・・・。

 AM7:30になると同時に目覚まし時計の音が響き渡った。陽子は眠い目をこすりつつ起き上がり、時計を止める。しばらくぼーっとしていたが、カレンダーを見てつぶやいた。
「・・・・・・今日は21日か。清香んちで怪談するんだっけ」
 何故か同じことをもう何度も繰り返しているような、そんな擬似感を感じつつ陽子は着替えた。ついでに最後の一枚の食パンを取り出し、焼く。
 バタバタとしているうちに、いつの間にか、さっきの妙な感覚を陽子は忘れていった・・・・・・。



1990.夏