魔女のお仕事

 町はずれにある大きなイチョウの木の下に、“よろず屋みかん”があります。魔女のみかんが開いているお店です。
 どんなお店なのかと言いますと……まあ“よろず屋”なので何でもするのですが、得意なのは失せ物探しでしょうか。古ぼけた手桶に水を張ってごしょごしょと呪文を唱えれば、みかんには簡単になくした物がどこにあるのか分かるのです。それから天気予報。みかんの相棒、三毛猫のノリスケ(音楽が鳴るとすぐノリノリで踊るからです)のしっぽを見て「明日の3時から雨が降るわ」とか、「これから1週間、とても天気がいいけど金曜日の夕方は雹が降るから気をつけてね」とか言うのです。これがまた、百発百中なのでした。
 さて、ある日のことです。
 みかんの元に1通の奇妙な手紙が舞い込みました。
 お店の前へ無造作に置かれた手紙には、うにょうにょとのたくった字。とても読めそうにない文字でしたけど、みかんは魔女なのですらすらと読み始めました。
“部屋いっぱいの海ください”―――差し出し人の名前はありません。宛名も書かれていないので、おそらく旅ガラスに頼んだものと思われます。
 みかんは首を傾げました。
「あらら。これだけしか書いてないの?一体、どこへ届けたらいいのかしら。それに部屋いっぱいの海って……?」
 ぱたぱたぱた。
 窓際にいるノリスケが眠そうにしっぽをくねらせます。それを横目で見ながらみかんは「ま、なんとかなるわよね」と立ちあがりました。今までずっと、そうやってきたのですから。

 手桶に水を張って。

 ちょっと集中。ゆっくり呪文を唱えると、水面がゆらいで小さな建物が見えてきました。森に囲まれた、山の中のようです。手紙の主はきっとそこにいるのでしょう。
 みかんは満足そうに微笑みました。
 さあ、次は海の水です。ほうきで10分ほど飛べば、すぐ海へ行けます。だけどたくさんの量を運ぶのはとても大変です。だってみかんがほうきに乗って運べる量といえば、すいか1個分くらいですから。部屋いっぱい分の量となれば何十回も往復しなくてはなりません。
「そうね、雲を作ってみようかしら」
 みかんは腕組して呟きました。それなら、なんとかできそうです。
 となれば考えるより実行。さっそく海へ行き、両手をかざして呪文を唱えましょう。
 ほうきに乗って一っ飛び。海の前に立って呪文を唱えました。
 ふわふわふわわ。
 しばらくすると、あちこちから白いモヤが立ち……もこもこと雲が出来あがりました。
 でもこれくらいではまだまだ部屋いっぱい分に足りません。どんどん、どんどん雲を作らなければ。―――そうしてとうとう海辺の町は、夕立でも降りそうな空模様になってしまいました。
「これでよし!じゃ、次は風を呼ぼうっと」

 山奥にある町の片隅に、小さな小さな博物館があります。あまり訪れる人もないさみしそうな所です。

 海から雲を作ったみかんは、夜になるのを待って、中天にかかる月の明かりを頼りにその小さな博物館へとやって来ました。
『郷土博物館』と書かれた看板と、閉ざされた扉がみかんを待っています。人気はなさそうです。
 ですけれど、みかんは気にする風もなく今まで乗っていたほうきをトンと扉にあてました。と、扉がすすすっと開きました。中は暗くてよく見えません。みかんは、そっと建物の中に足をふみいれました。
 暗い館内。物音一つ、なく。まるで忘れ去られたおもちゃ箱のよう。
 だけどもみかんはおびえもせずほうきを壁に立てかけます。そしておもむろに口笛を吹きました。
 ぴるる〜、ぴるる〜。
 口笛の音がしんとした館内に響き渡ります。それは優しい余韻を残して闇に消えてゆき、そして―――開いた扉の外から、ゆっくりほわほわと、何か白いものが流れこんできました。ほわほわ、ほわり。雲です。雲が不思議な生き物のようにゆったりと館内に広がっていきます。やがて音もなく溶けて海に戻り始めました。
 ほわほわほわ、ほわほわほわ。
 少しずつ、少しずつ、静かに。
 長い時間をかけ、博物館はどんどん海でいっぱいになっていきます。
 みかんはただそれを見守ります。
 その時です。ガラスケースに陳列してあった石のかけらがカタカタと動き出しました。みかんが驚いて振りかえりますと、ざばり!と大きな音を立てて―――なんと突然一匹の巨大なサメが現れました。
“ありがとう”
 声なき声が、小さな海に響きます。
 大昔、まだこの地が青い青い海だった頃、悠々と泳いでいたに違いないそのサメが、みかんに向ってうれしそうにお礼を言ったのでした。それでようやく、みかんは今回の依頼主を知りました。遠い過去のかけらが、昔を懐かしんでみかんを頼ってきたのだということを……。