流れ星に願いを

 ああ、僕は大バカだ。
 寒い冬空の下、僕は一人とぼとぼと家路につく。空は満天の星。流星がすいっと白い軌跡を描く。常なら大喜びするところだけど……今はそんな気分じゃなかった。ただ、懐がひどく寒い。
 彼女に指輪をプレゼントしようと思って貯めていたなけなしのお金を……僕はどこかへ落っことしてしまったのだ。こんな情けない失敗って他にあるだろうか。
 通り慣れた道がいつもの数倍に感じられた。重い足を引きずり、安アパートの二階に上がる。六畳一間の部屋に入って―――僕は呆然と立ち尽くした。
 玄関の向かい、たった一つの窓が……なぜか無残にも粉々に割れていたのである。
「ど、どうして……」
 ぼんやりと僕は呟き、そろりそろりと室内に入る。ガラス片の中に小指の爪ほどの石を見つけて、僕は真相を悟った。そう、誰かが石を投げたのだ。よりによってこんな日に。ついていない日は、どこまでもついていない。
 がっくりと力が抜けて、僕は座り込んだ。寒風が窓から吹き込んでくる。まるで僕を嘲笑うかのように。
(しくしくしく……)
 動く気力のなくなった僕はただ小石を見つめる。情けないやら悔しいやらで泣きたい気分だ。
(しくしくしく……)
 ああ。耳に、すすり泣く声がうるさい。誰が泣いているんだ?僕か?
(帰りたい……帰りたいよぉ。しくしくしく……)
 すすり泣きは、鈴が鳴るような高い音だった。僕はふいにイライラして
「うるさい!」
と大きな声を出す。その途端、すすり泣きが一層派手になった。
「うえ〜ん、うえ〜ん!」
 ここに至って、初めて僕は我に返った。泣いているのは、僕のはずがないじゃないか。じゃあ、誰なんだ?
 あわてて回りを見渡す。狭い室内に、僕以外人影はない。
「だ、誰だ?」
 僕は恐る恐る問い掛けた。
「しくしくしく」
「……勝手に人の部屋で泣いていないで、姿くらい見せなよ」
「しくしくしく……」
 泣き声は僕の前から聞こえてくるようだった。そう、ちょうどガラス片に紛れた小石のあたり。
 僕はそっと小石を拾い上げた。
「やめて!ボクにさわらないで!」
「!」
 僕はびっくりして小石を落とした。小石は―――確かに小石だった―――再びしくしくと泣き出した。僕は思いがけない出来事にかなり驚いたけど……そっと身を屈めて彼に話しかけてみた。
「えーと、あの……泣いているのは君かい?一体どこから来たの?」
 ……ああ、間抜けな質問だ。せめてどうして泣いてるの?と聞くべきだったかしらん。
「―――宇宙」
「う、宇宙?どうやって?!」
「ボクは流れ星なの」
「なるほど」
 僕は納得した。どうやら彼は小石ではなく、隕石のかけらだったらしい。じゃあさっき聞こえた"帰りたい"というのは、空に帰りたいってことなんだろう。
 僕がそれを尋ねると、流れ星はしゃくりあげつつ頷いた。
「―――ボクたち流れ星はね」
 消え入りそうな小さい声が言う。
「空で燃え尽きる瞬間、大きなエネルギーを作り出すんだ。するとそのエネルギーが人の願い事を叶える力になる。ボクたちのような輝く星になれない小さなかけらにとって、それはすごく誇りある仕事なんだよ。だのに……だのにボクは、一生に一度の大仕事を失敗してしまったの……」
 しくしくしく。流れ星の泣き声が寒々とした部屋にさみしく響く。
 僕も思わずもらい泣きをした。一生に一度の大仕事を、僕も今日、失敗したばかりではないか。
「空に帰りたい。帰りたいけど、でもボクはもう帰れない……。そしてボクはずっとダメなまんま……」
「そんなこと!」
 ポロポロと涙をこぼしながら、僕は拳を握り締めた。
「そんなことないよ!ダメなまんまなんて……。なにか方法を考えよう。誰にだって失敗はあるじゃないか。一度の失敗で終わりなんて……そんなはずない。あきらめちゃダメだ」
 僕は必死になって流れ星を説得しはじめた。この小さなかけらが、僕と重なって見えたのだ。彼がダメなままだと―――僕もずっとダメな気がした。だから何としても元気付けたかった。
 だけど流れ星は力を落としたままだった。
「ムリだよ。たとえ空に戻れても、こんなにちっちゃくなってちゃ願い事をかなえる力なんて出せやしないもの」
 僕は首を振った。強く、強く。
「ううん、叶えられるよ!―――そうだ、僕の望みを叶えてよ。ね?君なら、きっと叶えられるから!」

 今にも降り出しそうな空。街のイルミネーションは霞んでよく見えない。ロケーションとしては最悪だ。

 だけども僕は、不思議と不安ではなかった。僕の手には今、願い事を叶える力があるのだ。
「ねえ、マリちゃん。結婚、しよう。本当はもっと前に言うつもりだったのに遅くなってしまったけど……」
 キラリ。
 開いた小箱の中で、小指の爪より少し大きいくらいの真珠が輝く。
 彼女は一瞬目を大きく見開いた。次にふわりと微笑み、そして指輪を……真珠になった流れ星を受け取った―――。