ナミダの木

「いつまでもメソメソしているあんたにピッタリなものがあったわ」
 ―――ちょっと乱暴な言い方で姉が私にくれたのは、手の平に乗るくらいの小さな苗木だった。
「ナミダの木って言うの。毎日必ず涙をやらなきゃいけないのよ。で、花が咲いたら幸せがやってくるんですって」
 私には幸せなんて、もう来ないと思う。思ったけれど、私は素直に姉の好意を受け取る。なぜなら行き場のない涙だけは、たくさんあったからだ……。

 お気に入りの花柄ワンピースを着ようとして、彼が「似合うよ」と照れながら言ったことを思い出し涙がこぼれた。ああ、この道は初めてのデートで通ったっけと思ってはポロリとする。
 彼の好きな曲を聴くとき、コーヒーとタバコの香りを嗅ぐとき、日常のふとしたことに大切な思い出が重なって私の涙は枯れるヒマがない。
 どうして私たちはずっと一緒にいられなかったんだろう?
 スレ違いが大きくなる前に、きっと、元に戻す方法があったはずなのに。
 私の哀しみを受けながら、ナミダの木が少しずつ大きくなってゆく。
 ―――育て始めてどれくらい経った頃だろうか?気がつくとナミダの木に小さな白い蕾が付いていた。
 どんな花が咲くのか、少し楽しみになる。たぶん、儚く切ない花に違いない。
 だけど……蕾はいつまで経っても固いままで、一向に緩む気配を見せなかった。なんとなく不安がよぎる。もしかして涙だけではなく何か栄養剤みたいなものがいるんじゃないだろうか。それとも日光が足りないとか……?
 花が咲く日を待ち続け、待ち続けて……やがて私は、毎日泣くことに疲れてしまった。
 彼のくれたペンダントも、海で笑う私たちの写真も、もう涙に変わらない。そしてナミダの木はみるみる内に萎れ始める。固い蕾を付けたままで!
 涙をやらなくなってとうとう一週間が過ぎた、ある朝。
 全ての葉が落ちたナミダの木は―――急にとてもとても美しい一輪の白い花を咲かせた。私は思わず歓声をあげる。何事かと部屋を覗きに来た姉へ、私は誇らしげに花を示した。
「見て、花が咲いたのよ、お姉ちゃん!」
「あら、まあ」
 姉は感心したようにナミダの木をしげしげ眺めた。
「あんたの涙がとうとう枯れたのね!」


'02.7