運命の糸

 クリスマスソングが街を彩らせ始めた頃、私は付き合って3年になる彼氏と喧嘩別れした。理由はとてもつまらないことだったような気がする。だけど、もうずっと前からどこかが噛み合っていなかったから、仕方のない結果だったのだとも思う。それでもやっぱり悲しくて、肩を落としながら家へ帰った私は、夜中になって突然、部屋の模様替えをすることにした。馬鹿げてはいるんだけど気分をすっきりと一新させるために。
 ―――ごそごそと中途半端に物を動かしては止める。ただ、部屋だけが散らかってゆく。
 おもちゃ箱をひっくり返したような状態になって、とうとう私は匙を投げた。ベッドに腰掛けため息をつく。やっぱり模様替えなんて止めておけば良かったかも知れない。その時ふと、押し入れから少しだけ顔を覗かせているダンボール箱に目が入った。
 厳重な封のしてある箱。
 一体何が入っているのだろう?全然、記憶にない。
 しばらく見つめていたら無性に気になって、私は箱を開けてみた。

 箱の中は複雑に絡み合ったオレンジ色の毛糸。

 何かを途中まで編んで、また、ほどいたような感じ。
 まるで今の私の心と同じみたい。ぐちゃぐちゃだ。
 もう一度……綺麗に束ねなおしてみようか?

 何玉かが一緒に絡んでしまった毛糸を束ねなおすのは、結構大変だった。

 ヒマをみつけては少しずつ、ほどく。
 年が明けても三分の一ほどしか出来なくて、さすがにイライラし始めた。ちょうどそんな時、急に高校時代の友人から電話がかかってきた。
「ひろみ!久しぶり、元気?」
「ユキちゃん?!どうしたの、突然!びっくりした……」
 電話の向こうの友人は、明るい声で笑った。
「アルバムの整理をしていたらね、すごく懐かしくなって。また、みんなに会いたいなって思ったの。祐美や若菜とも連絡取ったのよ、今度集まらない?」

 ようやく雪が解けだした。そろそろ春がやってくる。

 休みの日に気が向いたら取り出しているだけなので、毛糸はようやく半分片付いたといったところ。
 この調子では夏までかかるかも知れない。
 ―――今日の昼休みは、ちょっと苦手だった先輩と二人で食事をした。正直、嫌な気分だったのだけど、意外なことに彼女も私に負けず劣らず映画好きだと判明。驚くほど話が弾んだ。
「まさかこんなに映画の話できる人が身近にいるとは思わなかったわー。出会いって大切ね!」
 先輩はしみじみ言う。
 確かにその通り。でも出会いというより……もしかすると話をしてみることが大切なのかも。

 新緑が目に眩しい。

 一人暮しを始めて以来ほとんど音沙汰なしだった兄がひょっこり実家に顔を出した。
 思い返してみれば兄とは顔を合わすたび、喧嘩ばかりしていた気がする。
 この日は久しぶりだからなのだろうか、なんだか色々なことを話した。お互いつまらないことを根に持っていたことも解かって、兄は苦笑しながらこう言った。
「やっぱり子供だったんだなあ。こんなくだらないことで何年もろくに口きかなかったなんてさ。結構些細なことでこじれるのかもな、人間関係は」

 暑い季節がやってきた。

 真っ黒に日焼けした子供たちを羨ましく横目で眺めながら通勤する毎日。ある日、駅を出たところでポンと肩を叩かれた。
「よ、新野!」
「片山…くん?」
 振り返った先に思いもよらない顔を見付けて、驚きに目を見張る。高校の時の同級生だ。私のことをチビ助チビ助といじめる彼が苦手で、あまり話をしたことはなかったように思う。丸坊主でやんちゃな少年だった片山君だが、今はぱりっとしたYシャツとネクタイという真面目なサラリーマンに変身していた。
「久しぶり、元気?」
「うん、久しぶり。東京の方へ行ったって聞いてたけど」
「先月、こっちに戻ってきてさ」
 人懐こい笑顔。つられて私も「そうなんだ」と頷き笑う。それから互いに近況や高校時代の友人のその後についてひとしきり喋りあった。彼とこんな風に喋ることになるなんて、なんだか変な心持ちだ。
「えーと、ところで新野」
 少し間があいて、ふと彼は口調を改めた。
「突然なんだけど……今日はこれから予定あるの?」
「え?」
 片山君は少し照れたように頭を掻いた。
「オレ……実はずっと新野のこと、好きだったんだ。こっちに帰ることになって、また新野と会えるといいなって思ってた。だから見つけた時、飛び上がりそうになったよ」
 飛び上がりそうなのは……私の方だ。
「たぶん、付き合ってるヤツとかいるよな?でも……再会の記念にさ、一回くらいオレと一緒に食事しないか」
 ずっとずっと―――彼は私のことがキライに違いないと思ってた。
 それは、もしかして私の思い違い?私は彼のこと……そう、たぶん、少し好きだったのに。一体どこで私たちの思いはスレ違っていたのだろう……?

 ようやくオレンジ色の毛糸は全て解かれ、きれいに束ね直された。今はまた箱の中だ。

 だけどこの冬―――片山君にあげるマフラーにしてみるのもいいかも知れない。机の上に置いてある箱を見ながら、私は密かに考える……。