ゆらゆら
 それは、とおい とおい 海のはて。
 そこに 大きな 大きな 神さまがいました。
 海のはしっこを持って、ゆさゆさ波をおこしているのです。
 ほら、神さまがねむーくなったら、さわさわ さざ波。
 神さまが怒ってしまったら、がばがば 大波。
 ざわざわ ざわり、今は誰かと楽しくおしゃべり?
 今日もゆらゆら 波がゆれています。


 のっこちゃんが6才になる、おたん生日の朝。
 大好きなおじいちゃんが言いました。
「のっこちゃん。お祝いに大きなタイをつってくるよ」
 のっこちゃんはうれしくて、おじいちゃんにだきつきました。
「わーい、おじいちゃん、ありがと!」
 そして、おじいちゃんと手をつないで、一緒に海まで行きました。船に乗るおじいちゃんに手をふって、見おくります。
「おじいちゃん、早く帰ってきてね!」


 船が見えなくなるまで、のっこちゃんは砂浜で手をふりました。
 それから、砂浜で三角座りをしました。おじいちゃんが帰ってくるまで、ここで待とうと思ったのです。
 ひらひらひら。
 のっこちゃんのそばを、ちょうちょが飛んでいきます。
「のっこも、一緒に行きたかったな」
 ぽかぽか、あったか お日さま。
 ざわざわ、ゆれてる 波の音。


 どれくらい時間がたったのでしょう?
 のっこちゃんは、いつの間にかまわりが白いもやもやに囲まれていることに気づきました。
 ふわふわ ふわり。
 なんだか変な感じです。
(あれれ?これ、なんだろ?雲の中みたい)
 のっこちゃんは目を大きくひらいて、きょろきょろしました。でも、何も見えません。
(ここ、どこ?海はどうなっちゃったの?)
 のっこちゃんは急にこわくなりました。その時、
「やあやあ、気がついたね」
 上の方から大きな声がしました。どかーんとふってくるような声です。
 のっこちゃんはびっくりして体をぎゅっとちぢめました。
「なかなか起きないから、心配したよ」
 声は、すごく大きいけれど、やさしそうです。のっこちゃんは少し安心しました。
「えーと・・・あのね、ここはどこ?」
 そっと上をむいて、のっこちゃんは聞いてみました。
「海のはしっこだよ」
「海の・・・はしっこ?」
 のっこちゃんは首をかしげました。
(どうやって、はしっこに来たんだろ?)
 一生懸命考えても、わかりません。
(のっこ、寝ちゃったのかなあ?そんで、海に流されたのかしら?変なの。でも、きっとおじいちゃんだって海のはしっこなんか行ったことないよね。スゴイところに来ちゃった!)
 のっこちゃんはわくわくしました。
 そしてまわりをもっとよく見てみようと、体を動かしてみました。だけど、上も下も前も後ろもふわふわしていて、うまく動けません。まるで宇宙にいるみたいです。
 ばたばた、ばたばた。
 大きく手足を振り回したら、ぐるんと一回転してしまいました。
「おやおや、そんなことをすると危ないよ。海から、落っこちてしまう」
「海から・・・落っこちる?!」
「そうだよ。海の外は何もないからね、ずーっとずーっと、どこまでも落ちてしまうんだ」
 ずーっとずーっと落ちるなんて、こわそうです。のっこちゃんは、いそいで体をまるめました。
「そうそう、そうやってじっとしておいで。今から、おうちに帰してあげるから」
「ええ、もう帰るの?」
 のっこちゃんは、びっくりしてさけびました。
「いや、もっといたいよう。海のはしっこ、ちゃんと見てみたい!」
 そのとたん、大きな声が笑いだしました。
 わっはっはっは。
 すると、まわりがぐらぐらゆれて、のっこちゃんの体もぐるぐる回りました。洗濯機の中に入ったみたいです。
「――はっはっはっ。きみは、元気な子だね。ふつうは、もっとこわがるのに」
「こわくないよ、だって白いもやもやだけだもん」
「そうかい?でも、ここは本当にあぶないんだよ。海のはしっこから落ちたら、おうちに帰れなくなってしまうから」
 大きな声は、ちょっとだけ、声を小さくして言いました。
 のっこちゃんのことを、とても心配してくれているようです。
「ふーん。おうちに帰れないのは、イヤだなあ。じゃあ、がまんする」
 のっこちゃんは、口をとがらせながら答えました。それから、白いもやもやの奥を見ようと目を細めながら聞きました。
「そのかわり、おしえて。あなたはだぁれ?ここで何をしてるの?」
 ざざざ、ざ、と軽い波の音。
 そして大きな声が、うれしそうに答えました。
「わたしは、海の神さまだよ。いつも海のはしっこで、波を起こしているんだ。海がよどまないようにね」
「よど・・・?」
「海の水がきれいになるようにしているんだよ」
「へーえ」
 それはとても大変そうです。だって海はとても広いんですから!
「すごいね。だから神さま、大きいんだね」
「そうかな。・・・よし、それじゃあ、今から大きな波をおこすよ。気をつけておうちにお帰り」
「あ、まって、もうちょっとお話・・・」
 のっこちゃんが言いかけた時、ざざぁーんと音がしました。ふわりと体が浮き上がって、あっという間にまわりは真っ白です。
 でも全部真っ白になる前に、少しだけ、大きな大きなヒゲのおじさんが見えたような気がしました。


「のっこちゃん、のっこちゃん!」
 どこからか、おじいちゃんの声がします。
 のっこちゃんは目をぱっちりと開けました。
 のっこちゃんの前に、大きなタイを持ったおじいちゃんがいます。
「あれ?」
 まわりを見ると、いつもの砂浜です。おじいちゃんが、のっこちゃんの頭をやさしくなでました。
「ずっと、ここで待っててくれたんだね」
「ううん、ちがうの。あのね、のっこ・・・海のはしっこに行ってたの」
「ほほう!それはすごい。おじいちゃんにもっとくわしく話してくれるかな?」
「うん!」
 のっこちゃんはぴょんと立ち上がりました。そして大好きなおじいちゃんの手につかまりました。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「はーい。あ、おじいちゃん。タイ、ありがとう!」
「どういたしまして」
 その時、
 ちゃぷん!
 のっこちゃんの後ろで小さく波がはねました。
 のっこちゃんは手をふり、「ばいばい!」と神さまにあいさつしました。


2006.1